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スパイを演じた夜の出来事。人は言葉以外からのシグナルで魅了される

僕が20歳ぐらいの頃だったと思います。

僕の欲しいものをすべて持っている憧れの男性がいました。

彼は、いくつかのビジネスを持っていました。
でも、なぜかガツガツした働き方をしていませんでした。

彼にはユーモアがあり、とてもお洒落な人でした。
また、僕を含めた後輩たちには、商売のことや人生について快くアドバイスしてくれました。

彼は束縛を嫌い、自由を愛していました。
最近見かけないなぁと思うと、ふらっと海外に旅に行ったりもしました。

また、僕をよく食事に誘ってくれました。
ただ、一緒にいる女性がいつも違っていましたが…。

そんなこともあって、僕はその女性たちに妙に気を使わなければなりませんでした。

彼は、女性には当然モテたのですが、それ以上に男性が寄ってくる人でした。
どんな場所にもすっと溶け込んで、いつも何か考え事をしていました。

不思議な空気を纏ったミステリアスな人でした。

仮に、その人を「ボンドさん」と呼びましょう。
彼は、007が好きだったのです。

とにかく、ボンドさんは僕の理想であり尊敬する人でした。

僕は、ちょうど自分で事業を始めるきっかけになったのも、もちろんボンドさんの影響でした。

ボンドさんの僕への指導法は、机なんかに向かったりしません。

「トモタカ、飯に行こうぜ」

そう言って、街に連れ出してくれました。

ボンドさんは人間ウォッチングが趣味でした。
日が暮れると立ち飲み屋に行き、ぼーっと人を眺めます。

海外旅行の話をしたかと思うと、突然「あの人、どんな性格してると思う?」なんて言う。

相手に気づかれないようにしながら、その人を分析していきます。
その夜、僕はスパイになるのです。

「たぶん、神経質な人じゃないですか?」
「なんでそう思う?」
「いや、なんとなく」
「なんとなくじゃだめだな」
「眉間に皺を寄せてますし、ビールを口に持っていく動きが忙しいですね」

僕は、その人から発せられるあらゆる情報を受け取ろうとします。

「そうか」

その答えが合ってるとも合ってないとも言わず、ボンドさんは子供のように笑います。

「次、行こうか」

ボンドさんは、僕をバーに連れて行きました。

「あの、僕が考えている事業なんですが…」
「うん」

返事はするものの、いつもきまって生返事。
そして、また人間ウォッチングが始まりました。

「あの女性見てみろ。そう、カウンターの近くの」
「あっ、はい」
「たぶん、もうすぐ男が来るね」
「はぁ」
「たぶんさ、彼女はその男をあまり好きじゃないんだよ」
「えっ、なんでわかるんですか」
「まぁな」

しばらくすると、やはり男が来ました。

「じっと、男と女を見てろよ」
「はい」

僕は、またスパイになりました。

男は、すでに酔っているのでしょう。
顔を赤くして女性にもたれかかります。

さりげなく腰に手を回そうとしますが、女性がそれをうまく避けます。

それから、男は女に顔を近づけようとしました。
女は、明らかに嫌がる顔をします。

一生懸命、男は何かを語ります。
でも、女は興味がなさそうにテーブルのグラスをじっと見たまま。

時々、女の手やら膝やらにタッチします。
女は、それをやんわりと手で払いのけます。

男は、女がどう感じているのか、まったくわかっていない様子です。
意気揚々として、語り続けます。

「馬鹿だよなぁ、男ってさぁ」

ボンドさんは、ニヤニヤしています。

「あの男、惚れてるんですかね」
「だろうね」
「それにしてもタッチが気持ち悪いです」
「そうだな」

「そういえばさ」

ボンドさんは、突然僕の顔を見て言いました。

「彼と彼女の会話、俺たちに聞こえてないだろ?」
「あっ、そうですね」
「でも、どういう関係なのか、お互いどう思っているのか、君にはわかっただろ?何でわかった?」
「それは、表情とか雰囲気で…。体の向きとか…。言葉ははっきり聞こえませんけど、声のトーンがなんとなく」
「だろ?それでさ…」
「はい」
「あの男の『それ』は女性から見て魅力的か?」
「それと言いますと?」
「視線とか笑い方とか声とか姿勢とかさ」
「いや、全然。気持ち悪いです。男の僕から見ても不快極まりないですね」
「そうか、不快極まりないか。その言い方おもしろいな」

帰り道、ボンドさんはいつも僕に語ってくれました。

「女だろうが男だろうが、言葉で説明しちゃだめなんだよ」
「だいたいのことはさ、その前に決まっちゃってるんだよね」

「言葉で惹きつけることはできないね。なぜなら、人はそんなに馬鹿じゃないから」
「いくら飾っても、いくら取り繕っても結局最後はバレるね」

「言葉以外の部分で魅了したら、今度は相手に何を言っても許されるんだ」
「商売だって結局さ、人に売るんだよ。その人は誰から買いたいたいと思うかでしょ?」

「触っちゃダメだ。モテる男はさ、どうすると思う?逆に触らせるんだよ」
「だからさ、お客に買ってくださいなんて言うなよ。売ってくださいって言わせなきゃ」

珍しく酔ったのか、いつもより饒舌になったボンドさん。

男女のことやら商売のことやら、ごちゃごちゃに混ざっている話。
でも、そのどれもが的を射ているように思えてしまうから不思議。

「あっ、俺ちょっと喋り過ぎたね」
「今日はありがとうな。がんばれよ。でも、俺は応援はしてないけどな」
「嘘だよ。またな」

ボンドさんは、ニヤッとして、僕の肩の辺りをポンと叩く。

「あっ、今日はごちそうさまでした」

僕が頭を上げると、ボンドさんは背中を向けながら手を振っている。

「あぁ、そうか」

ボンドさんは何をやってもかっこいい。
僕は、ボンドさんの背中を見ながら思いました。

何をやっても絵になる人。
言葉以上に、言葉以外から発せられるシグナルが魅力的だ。

女にも男にも惚れられる人。
それが何故だかよくわかる。

僕は、背筋を伸ばし、目に力を入れてみる。
今度、誰かと話すときは、もっと低い声で話そう。
そして、いたずらっぽくゆっくり笑ってやろう。

そう、ボンドさんのように。

帰り道、僕はほんの少しだけボンドさんに近づいたような気がしました。

今日、あなたはどの部分で語っていますか?
言葉だけで相手を説得しようとしていませんか?

視線、笑い方、しぐさ、声のトーン。
極端な話、言葉以外の部分だけで相手を魅了するぐらいの気持ちでいてください。

「あの人、悪態ばかり言う。でも、何故か惹かれてしまう…」

そういうことって、ありますよね。
この言葉に裏打ちされている大切なこと。

それは、人は言葉以外のシグナルでこそ、本当の魅力を伝えることができるということです。

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